「光玉」の前に神様公認の「龍道」を名乗っていた

救世教を破門になった岡田光玉は失業をしたことになる、この頃、愛人の聖珠は何をしていたか解りませんが生活費を稼ぐ必要はあったでしょうね。そこで光開発という事業所をつくり不動産業を始めることになるのですが、個人事業所では信用がないので「多田建設」の傘下に入って営業をしていたんでしょうね、この事業形態は現在の不動産屋さんでもよくありますよ。

 

「光玉」の6年も前に
神様お導きの「龍道」を名乗っていた


崇教真光50年史 43頁
翌年の昭和28年(1953)救い主様は借金返済を進めていくため、「光発興業」という会社を設立しました。..........この頃、救い主様は「岡田龍道」いう名前をペンネーム的に使っておられます。ペンネームと言いましても神様からお導きを受けてお使いになったお名前です。当時、救い主様と交流のあった人は親しげに「龍道さん」「龍道先生」と呼んでいました。時を同じくして、救い主様は知人の紹介で「多田建設」という会社に顧問として迎えられています

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立教の昭和34年「天地一切神の声.........光玉と名乗れ...」より6年も前には神様からお導きを受けた「岡田龍道」「龍道先生」を名乗っていた事になります


あの「御聖言」は光玉の作り物でしょう。破門になったとはいえ師匠の師匠の師匠である出口ナオさんの「お筆さき」を真似たんですな!御み霊は師匠の「おひかりさん」を真似たんでしょうね。適当にくっつけてるうちに矛盾が起きてくるんですすよ。ネット情報では龍道先生ではなく仲道先生という説もある。
すべて「マネ借り」ですね」


醜い教え主の正体 ◆御み霊(オミタマ)の中身 ◆真光の教えは寄せ集め ◆手かざし・み光・お浄め ◆阿倍野準道場はオバケ屋敷


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高丙文

高丙文です
若者を崇教真光から解放するためにこのブログを書いています。真光の教えはほとんどがパクリ(盗用)です。このため全体の整合性がありません、その場その場の適当な言い訳がまた次の「教え」となっています。若者にとっては有害と考えます。もちろん家庭を大切にするご夫婦にとっては家庭破壊のもととなり、高齢者にとってリューマチなど骨を悪化させたり、健康を害することが多く寂しい老後を過ごすこととなります。真光は病とゾンビの館です