御聖言は最初の「天地一切・・・」から分裂症気味!

とにかくお粗末だったり、仰々しかったり、ボロボロの分裂症

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「崇教真光50年史」 45頁中段
天の時至れるなり。起て、光玉と名のれ。手をかざせ。厳しき世となるべし。

しかし、この御神示を戴いた救い主様は、すぐに起ち上がることが出来ませんでした。「・・・ 何か狐かタヌキにでも瞞されているのではないかと、神を疑ってしまった。・・・・・・・・・・・そうしているうちに、ある日、車庫に停めてあった車の バックミラーが何もしないのに粉々に割れて飛び散るという事件が起きたのです。そこで救い主様は「過去を振り返るな」という神様のお示しであるとサトリ、人類の救いに起ち上がる決意をされたのです。


 この神示のでる7、8年前には「龍道先生」の名前を戴いて、すでに「手かざし」をしていた。(前ページに記載)ここで改めて狐だタヌキだと驚くこともないでしょう。

 バックミラーは過去を振り返る道具ではなく前に進むために、近い未来を予測する重要な部品でしょう(もちろんバックも前進です過去ではありません)

神の声にしてはお粗末です。


その割には、数日後は仰々しい出来事が起こります
(45頁下段)み山の上に光り輝く金龍神が現れて衣擦れの如きヒレやウロコのすれる恍惚とした素晴らしい音色につつまれました


バックミラーと金の龍神出現。このアンバランス
救い主光玉は分裂症だった
と言っても言い過ぎではないでしょう、もし正常な神経をお持ちなら信者(組み手)をなめてるんでしょうね?金づるかな?

大本の最初は下記の様だったらしいですが、光玉はこれを真似たんですね

出口ナオさんの神がかりの第一声は
艮の金神であるぞよ
「この神は三千世界を立替え立直す神じゃぞよ。三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。とどめに艮の金神が現われて三千世界の大洗濯を致し、一つに丸めて万劫末代続く神国(しんこく)に致すぞよ」

子供達を真光に近づけてはいけません



資料 上段の全文
「御聖言」 24頁
天地一切、神の声なり。神理の充満なり。神大愛より発する万象仕組みの律動なり。
神の気吹きなり。万象息しある訳なり。
神の道といい、経文、バイブルなどなど各々そのカケラを語らしめしのみ。
おのもおのも万全と思わば、既にそれ、真如なり。慢心なり。我なり。「ガは大神かくし」、故に「ガ」という。「我と慢心」は、神々もしくじりしなり。
人間「大神を軽んじ大仏を蔑ろにす」の証なり。
汝、その聞く所を語らん。
天の時至れるなり。起て、光玉と名のれ。手をかざせ。厳しき世となるべし。



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醜い教え主の正体 ◆御み霊(オミタマ)の中身 ◆真光の教えは寄せ集め ◆手かざし・み光・お浄め ◆阿倍野準道場はオバケ屋敷


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コメント

名無しさん

光記念館で「太陽の慈父」という救い主の生涯を描いたアニメが放映されているのですが、車の左側のサイドミラーが割れる表現がありました。
車の中にあるバックミラーは割れていなかったですね。
それでも救い主は「バックミラーが割れた」と言っていました。
恐らく、霊的なことを表現するために「左」という単語を使う必要があったが、バックミラーは真ん中にあるので、左側のサイドミラーを無理やりバックミラーと言ったのでしょうか。
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プロフィール

高丙文

高丙文です
若者を崇教真光から解放するためにこのブログを書いています。真光の教えはほとんどがパクリ(盗用)です。このため全体の整合性がありません、その場その場の適当な言い訳がまた次の「教え」となっています。若者にとっては有害と考えます。もちろん家庭を大切にするご夫婦にとっては家庭破壊のもととなり、高齢者にとってリューマチなど骨を悪化させたり、健康を害することが多く寂しい老後を過ごすこととなります。真光は病とゾンビの館です